しおまち/亜樹
んとなく覚えてるような気もするんだけどね。騒がしい
あの太鼓の音や男衆の勇ましさをさ」
懐かしげな女の声に余之介もどうにかその様子を想像してみようと試みたが、如何せん無理な話だった。そもそも余之介は鯨漁のやり方を知らない。余之介の知っている鯨は味噌汁に入る塩漬けされた赤い肉塊か、時々実家で害虫除けに使っていた飴色の鯨油、昔義 父の薬棚に入っていた土色の血か灰褐色の骨など、既に加工されたものでしかない。山ほどに大きな魚だということは知ってはいたが、その全体像などは山育ちの余之介には考えの及ぶところではなかった。
「あの爺さんはそん時刃刺をやったんだと。そりゃあ勇ましくて、濱の娘の半分は爺さん
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