春おばさんに/オイタル
地面の上で
濡れているパンの耳を拾った
食べたりはしなかった
隣に 湿った草が生えていただけで
木立の隙間に見え隠れする山なみが
雨を伝って雲の香りを運んでくる
したしたと滴る 路地の軒下の冷たい草地
駆け抜ける僕とすれ違うように
懐かしい春おばさんは気ぜわしく逝ってしまって
ぼくは濡れたパンの耳を握ったままだ
ぼくが知っている人は大勢いて 忘れた人も大勢いる
でもいなくなるっていうのは
それとはちがうことだと思う
うまく身ぶりもできないのだが
路地の途中で拾ったのは
パンだけじゃなかった
さよならとただいまの間
耳の形で残っている
雨の日によく鳴り渡る ようこそ
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