鯉のぼり/蒸発王
聞こえるようになってな
もう一遍
空を泳ぎたい と
家の薄茶けた鯉が言うとるのさ
お前は何ぞ聞こえんかね?
そんな祖父の話を聞いて
すっかり羨ましくなった私は
女の子なのに
鯉のぼりを欲しがり
両親を困らせたことがあった
祖父は
昨年
5月の初めに
穏やかに逝った
痛むのは承知で
葬儀の日
屋根瓦に上って
あの薄茶けた
真鯉の和紙の鯉のぼりを吊るした
( おう おう )
と風が吹き抜け
初夏の高くなった空を
悠然を和紙の鯉が泳いだ
今日の悲哀を物ともせず
やはり
何かの決意を感じさせた
しかし
( おう おう )
( おう おう )
黒い体を膨らませて
風をうける音が
まるで泣き叫ぶように
私の耳にを震わせ
やはり ひどく
鯉のぼりが
祖父が
羨ましくなってしまった
『鯉のぼり』
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