バースキャナル/望月 ゆき
 
ぇ、なくしてはいけないものが、ひとつだけあるとしてぼくは、そのたったひとつを、ちゃんと教わらないままそれを、なくしてしまった。


 /手を、洗っても洗っても、剥がれない汚れに支配されている、気がした。あらゆる不都合が、下腹部に集約されている、一方で、小さく、果実は実りはじめていた。蝉が、七日間の生を終えて、乾いていく。死んでいくときの、最期の鳴き声は、産声ととてもよく、似ている。あかちゃんを、産める体になっただけと、せんせいに言われてわたしは、今朝とは違うわたしの顔で、下校する。昇降口に貼られたポスターが、「いきものをたいせつにしましょう」と発している。帰り道、ときどき不安定に傾く、側溝のふたの上を、小気味よくまたいで歩く。足もとの、ほんのわずかな下水の、流れのなかを、さかなが一匹、滑らかに泳いで、消えた。



「詩と思想」新人賞投稿作品。バースキャナル=産道。






 
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