無人島に、一冊だけ/佐倉 潮
 
「無人島に持ってゆく本を、一冊だけ」
 誰がいつ考えついたのだか分からない、自意識の穴に生温い風を注ぎ足す如雨露みたいなクエスチョンが世の中にはあるから、寝ぼけまなこの作家はいびきを呑み込んで「字引き」と答えた。酔っぱらい詩人がしゃっくり混じりに「聖書の詩篇」と答えた。ならば僕は? と考える。それはそんなにおかしなことじゃない。再び訪れる長い夜を過ごすささやかな工夫でしかない。
 そうして掌に包んだコーヒーカップがようやく体温を下回ろうかという頃合い、必要なのはどうやらあの日、君から借りた谷川俊太郎の「手紙」という詩集だということに気付く。
 なぜならば君には黙っていたけれど、あの詩集の著者
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