恋の脅威/きりえしふみ
 
 泉の下にわたしの心があって
 水を通して わたしは息づく世界を感じていた
 風が起こり 日が陰ろうとも
 何年もの間
 いつも涙目のわたし
 ほんとのことなど 知らないままだった

 清らかで無知なまま
 わたしは何年も 何十年も
 泉の下で眠っていた

 日や風が水面の向こうで
 わたしを誘ったけれど
 見向きもせず
 わたしは目蓋を閉じたままだった

 そんな折
 不意に 春の香がわたしの鼻先を擽った
 何回 何十回と 春は世界に飛来していたにも拘わらず
 そのようなことは初めてだった

 わたしは愚かでいたいけな好奇心で
 泉の向こうへ飛び出した

  元々そのようなことに耐えられるようには
  創られてはいなかった わたし

 途端に 形や色を変え
 (とは言え元々どんな形で何色だったのかさえ分からないのだが)
 乱反射しながら散り散りになると

 再び一つに戻り
 泉へ戻る技と術とを
 なくしてしまった

 (c)shifumi kirye 2010/11/21

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