ナルシス・ナルシス・/リンネ
らぱらと降っており、道行く人はみんな傘を広げている。道路ではチェーンを巻いた車が、何かを潰す音を残して走っていた。途中、今日は自動車があまりに無関心に走っているではないか、などという変な感傷に襲われた。雪景色で町がひと際静まり返っていたせいだろうか、あの車のうちのどれかには、よもや一台くらい無人で走っているものもあるのではないか、とまで訝る始末である。Nは、どこにも行く予定などないのに、ひどく焦った歩調で通りから通りを抜けている。次第に見覚えのなくなっていく町並みに快感を覚え、Nの足取りは溺れるように速まっていく。町はのっぺらぼうのように表情を失い、Nはただ夢中になってその中を歩いている。道を。道を? 町が見えない。
いつのまにかNは帰宅している。なにやらテーブルに置かれた瓶を掴んで、それをまっすぐ上に放り投げた。もう何も考えることがなかった。後のことは何も知らない。何かの割れる音がする。それが女の叫び声に聞こえる。なぜか、おお、それはNの声にも似ている。
そのことに気が付く私とは、なかなか冷静な奴である。
部屋は再び沈黙している。
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