『渦の女』/川村 透
 
彼女はレースの手袋をしていた
日傘の陰の中に棲む渦巻のように道に迷い
信号を渡ると必ず赤になるのだった
僕たちは警笛と仲良くなって
赤いビートルのボンネットにひと蹴り入れてからひとごみに消える
街角のキュビズム
スクランブル交差点で彼女はくるくると日傘を操る
レースの指先が渦を巻いて都会の昆虫人たちを射る
彼女が傘の柄をゼリービンズのように磨き終えてもまだ、信号は変わらない
途方に暮れたように僕を見て首をかしげてみせる
昆虫人たちは赤、青、黄、にてらてらと
頬(らしきもの)を染めたまま
舗道のへりを蹴ってノミのおぼつかなさでブラウン運動に出かける
彼女も日傘の陰から向こう
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