左目/寒雪
 


五体満足であった頃
僕は不完全だった
すべて整っているのに
僕には自分に
見える物が
聞こえる音が
感じる手触りが
踏みしめる足跡が
遠くの祭囃子みたいに
理解しようとして
手を伸ばしてみても
遠く遠くに


不満が血管に流れだす
体臭にまで漏れ出す頃
僕の体から
まず鼻が落ちた
においを嗅ぐことが出来ないけど
鼻炎がちは僕には
特に意味のないこと


それから時間差で
手が
足が
髪が
舌が
腎臓が
睾丸が
僕の体から離れていく


体に現れる無様な症状について
残った部位を駆使して
懸命に考えてみた
けれども
現実は想像よりも早くて
気がついたら
僕は
左目だけになっていた


左目から広がる世界は
昔見た
16ミリの映写機みたいで
僕の心をわくわくさせる
ただの左目として
僕は生きていく
路傍の石に蹴りを入れる人間には
見つからないといい
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