蝉と月/結城 希
 
 ――月が 落ちていた

 頭上の太陽は 甲高く鳴いている

 西の山で、勤めを終えた私は
 ふと 名もない町を訪れた

 眼下の生き物たちは
 汗を搾り取られ 滴り落ちている

 駐車場では、車を盾に
 少年たちが 水鉄砲で戦争中だ

 ――そこに 月が落ちていた

 私は遂に 樹を見つけ
 太陽から隠れるように、幹にしがみつく

 (ほら 見てごらん)
 (逃げ水の上に 月が落ちているよ)

 アカガシの樹の陰で 私は鳴く
 何度も 何度も

 いつまで鳴いても
 仲間たちの山に 届くことはない


がしっと
素早く掴まれた固い虫は、
手の中でギィギィと鳴いた。

「すげぇ、セミだ」

水鉄砲を持った男の子が言った。

掴んだ少年は、白い歯を見せて、にっと笑った。
虫かごを持たない少年は、少し迷って、
空に向かって手を放した。

蝉はヨタヨタと少年の手を抜け出すと、
一直線に、東へと飛んで行った。

空に 青白い月が浮かんでいた。


(即興ゴルコンダより)
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