春/藪木二郎
 
 珍しく恒雄君が
 人気者になった日

 茶色い毛の鼠の死体を
 拾ったのだ

 集団登校の上級生たちに
 捨てろ捨てろ
 そう言われはたかれ続けて
 教室まで来た

 当然エンガチョが始まった
 ところが

 恒雄っ
 何それ何それっ
 鼠っ
 死んでるのっ

 男子たちの怒声を裂いて
 語尾上がりの黄色い嬌声が
 男子たちの囲いは
 自然崩壊

 恒雄君は女子たちの輪に囲まれていた
 恒雄君の手の中のものに
 無数の手が伸びる

 縦笛を
 ランドセルの横っちょに
 忍者の刀の柄のように突き刺している
 お転婆女子も
 いやそんな女子だからこそ

 恒雄っ
 何それ何それっ
 恒雄恒雄っ

 女子たちの輪の匂いは
 菜の花畑の匂いだ
 でもどっかで
 防虫剤の匂いや
 ビタミン剤の匂いがしていた
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