ネオンと抑圧/瀬崎 虎彦
干からびた革の装丁に
そっと手のひらを添わせ
花びらのように軽い
ページをくるわたしの内奥に
懊悩は滴る
融点の低い金属の
自由さとまたひとつ季節を
経巡りここへたどり着いた
安堵感から腰を下ろした
木のベンチから立ち上がる
ことが出来ないでいる
恋人は美しいものであり
美しいものであらねばならず
美しくなければそれは
恋人ではないのだ
ガラスで出来た長い筒の中を
エスカレータが走っている
走っているのは幻影の後を
必死に追いかけた青春や
青春を礼賛することで重ねた
朱夏ではなく
そんなものではなく
たったこれだけの声で
たったこれだけの言葉で
強くなれる
錯覚を覚えた
僕ではない誰かの
焦燥感だったにちがいない
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