自己非存在証明/寒雪
 

大地に爪跡を残さずに
何のために産まれてきたのか


黄ばんで
所々虫食いのある
煤けた書物がそう言った


墓石の
冷たく滑らかな壁面に
辛うじて
名前を書くのが
僕の精一杯


雄猫が
縄張りを主張するみたいに
自分がいたことを
留めておこうと
あちらこちらに傷跡を
靴底はすっかり丸くなって


所詮
報われない努力


傷跡も爪跡も
いずれは
砂嵐に巻き込まれて
遠く遠く
見知らぬ人だらけな
異国の地に
流れていくのだろう


僕はたぶん
死ぬ時ひどく独りぼっちだ
大勢の人が枕元を埋め尽くしても
路上で誰にも看取られず野垂れ死んでも
その刹那
僕は孤独の本当の意味を理解するのだ


大地に足跡なんて
みっともなくて
いやだ!


僕は
ただ死んでいく


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