笑い声は聞こえない/プル式
話し掛ける
けれど声は応えない
姿を現す事も無ければ
声を出す事さえしない
それでもそこに居るのだと
僅かながらに分かる
何故だか判るそれだけで
僕は独りでも安心だった
「距離」
いつも聞こえていた声が
いつからだろう遠くなった
僕は泣く事が少なくなり
代わりに笑う様になった
ただ平穏な時間が
粛々と過ぎて行く中で
声の事を考えない日が多くなった
「電車」
ある日電車の帰り道で
目の前にいた男が咳をした
一つ、二つ、三つ
それが耐えられなくなった
四つ、五つ、六つ
息を押さえ両の手を握りしめた
反らした顔が窓の中で
真っ赤な顔をして睨み付けていた
「僕と声の事」
窓の中の顔に呆然とする
思考の止まったまま押し出され
気が付いた時には僕はホームにいた
そのまま駅のトイレに向かった
何度も何度もくり返し洗って顔を上げると
鏡の中で青白い声が静かに笑っていた。
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