3席2夜(春雷)/まきび
。もう幾度となく感じた感触だ。
しかし、今日は何かが違う。心がナイフで削がれてゆくような、今までにない感情。葉脈が波打っている。雷鳴が遠く聴こえた。しばらくして一面が一瞬、白と銀色に包まれる。
北の方から、人間が駆けてくるのが見えた。背が低く、頭が大きく、ヨタヨタと揺れながら駆けてくる。男とも女とも分からない。人間が私の足元でしゃがみこんだ。
雷鳴が近くなった。足元の人間が肩を震わせて縮こまった。「咲くことに意味はないけれど、そういう性分ですよ。」ふと、南風の[詔]が左の葉から伝わってきた。人間が足元に寄りかかるのを感じた。守る、私は[そういう性分]なのだ。在るからには守らざるを得ないということなのだ。もし私に口があるなら、このか弱い雨宿りの人間にもそれを伝えてやりたかった。
強大な流れが体の芯を揺さぶった。湿った体幹が一瞬にして乾ききり、メキメキと裂けた。
すぐに風が捕まえに来て、私は南風になった。人間は無惨な木の根本に寄りかかり、頭を垂れていた。
終り
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