ある舟員の話/アマメ庵
あなたは 私の舟に乗り合わせた
黒髪を潮風に任せ
ペンタックスのディジタル一眼レフを 波間に向ける
あなたは 私を羨ましいと云う
潮風に身を任せ
北の海も 南の海も 旅ができるのだから
あなたは 私を魅了した
私は 台風の夜を カモメの挿話を 大きな夕陽を あなたに語り
無邪気に笑うあなたの その姿に微笑んだ
しかし 私は知っている
あなたが私を見ることはない と云うことを
左の頬には グリースがべっとりと付いていることを
あなたは 私を羨ましいと云う
本当の私は 舟を降りることもできず
エンジンと一緒に歳をとる 臆病者だ
舟が接岸し タラップが繋がれる
あなたと 大勢の乗客が 街へと消える
あなたが 小さく手を挙げたのは
私に向かってだろうか
私は あなたの後ろ姿を気にしながら
機関室の点検に向かう
私は
私の船に乗り合わせたあなたの 幸せを願う
そして あなたの知らない海へ行く
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