【140字小説】ヤクザの親分他/三州生桑
 
【ジュゴン】
目覚めると、恋人がジュゴンになってゐた。慌てて抱へあげ風呂に入れたが、彼女はとても不機嫌さうだった。湯に食塩を入れると、少し機嫌が直った。あとは食べ物だ。ふえるわかめを湯に入れてみても、見向きもしない。彼女は私をぢっと見つめる。私は途方に暮れて泣く。彼女は永遠に私を見つめ続ける。


【彼女の手】
それください、と彼女が指さしたのは、或る女流作家の全集だった。「全部ですか」「ええ、うちまで届けて下さい」後日、家まで届けに行くと、箱は捨ててください、と彼女は言ふ。「箱はいらないんです。私が欲しいのは文章だけだから」さう言ふと彼女は私の手を握ってくる。彼女の手は腐りかけてゐた。
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