一時の旅/靜ト
白く霧がかる水面を
小船でゆっくりたゆたってゆく
しんと静かだけれど
怖くはない
うっとりするくらい、穏やかだ
オレンジ色の光は頭上
霧の中にぼんやり丸い
わたしは小船の縁に頬をつき
回想を始める
暗い朝の寂しい道
見知らぬひとへの親切
それが届かない時の失望
仕事する手の機械的な動き
短い休息での生き物らしい渇望
親しい友人の閉ざされた憂鬱
それを助けられない悲しみ
見知らぬひとからの親切
それに気付けない疲労
暗い夜の寂しい道
ここでは私と何一つ関係ない
どこか遠い場所での物語だ
水面に雫が落ちる音がして
ふと、旅は終わる
湯舟から立ち上がり
冷たい窓をあけたら
霧は冬の夜風に晴れ
浴槽に落ちかかった頬の雫も
乾かしていった
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