労働/攝津正
から、争議に出来ると忠告されていたのだった。だが、攝津は争う気になれなかった。折角労働組合に入っているのに、勿体無い話だったが、形の上では攝津が自主退職するということになっていたので、それ以上争う気持になれなかったのである。
攝津はフリーター労組で副執行委員長や執行委員を務めたが、一年程前に辞めてしまった。辞めた経緯については書かない・書けない。組織内部の事情だからである。だが、最近攝津は組合に復帰した。しかし、人も増え事情も変わり、浦島太郎状態である。攝津は無職の頃と違って、労働が忙しく争議にもほとんど参加できぬ。組合に復帰した意味があるのか、と自問することも多い。
攝津は大晦日、元
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