抱える/相田 九龍
 
過ぎた水を少し流して、もと来た方へ戻る。
空気はひやりとしている。



*  *  *



病院からの帰り、寄り道をしながら家族のことを考えた。抱えた鞄には着替えが詰まっている。橙に染まった公園、景色が揺れた。記憶と未来の間で、私は泣いた。どこかで花びらが一枚落ちた。

涙はすぐに止まった。そこに居たいだけ居たかった。陽は落ち切って私は帰らなきゃいけない。しかし一歩を踏み出すごとに歩いていることを忘れた。視界が歪んで、立ち止まったが何も変わらなかった。何も変わらない現実が何も変わらなかった。
後ろを振り返ると私がたくさんいた。たくさんの私が涙を枯らしてもまだ泣き足りない顔をしていた。その中に鞄を抱えている私がいたと思ったら、それは私だった。やはり涙を枯らしてまだ泣き足りない顔をしていた。いつの間にかひとりだった。私はいつもひとりだった。
鞄を地面に叩きつけた。砂埃がたって、砂を風が連れ去ってたくさんの旅が始まった。最後の一滴が落ちた。鞄は重そうにへしゃげている。私のようじゃないか。
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