この森をかつて君と歩いた/瀬崎 虎彦
カテドラルより鐘の音がこぼれてくるので
僕は屋根裏のようなその図書室で顔を上げる
埃っぽい書物たちの潜む書架が
ひとたび足を踏み入れては還れぬ森のようだ
森の中には誰もおらず
時折ドアが開いて閉じる音がするばかり
歌い手たちはとうの昔に
歌うことをやめてそれから存在することをやめた
窓を雨が打つのに遠方の空は澄んだ水色で
取り返しのつかないことはすべて
金属の粒子のように肺の奥に付着している
閉室時間が告げられるとじっと目を休めて
冷たい無人の森の音に耳を貸すのだ
この森をかつて君と歩いた
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