演技/殿岡秀秋
学校を終えて
勤める職場がなくて
金も少なくなって
未来がなくなったように感じられて
明日何もすることがなくて
役者の出番がなくなって
ぼくは酔っ払って
深夜の街をうろついて
気がついたら交番にすわらされて
「ひとりで帰れるか」
とおまわりさんに聞かれて
あわてて
役者が顔にあらわれて
うなずいた
明日することを見つけてから三十年
舞台で演じ続けている
幕間に裏にいって
ぼくは家にいるきみに電話する
「もう少しだからね」
という声は母の抱擁のようにぼくを包む
きみだけはぼくの素顔を知っている
ぼくはふたたび役者を舞台に送りだす
動悸がする修羅場は
早く終わって欲しいが
やがて何事もなかったように
収まることもわかってきた
暗転のように
明日が暗闇から現れる
ぼくは毎朝
今日だけの脚本を書く
役者とぼくとはこのごろ重なって
明日
おはようございます
と挨拶するのは
演技する自分なのか
素顔のまま役者をやっているのか
わからなくなってきた
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