父さんがなれなかった父さんに/小川 葉
 

言葉なく自転車を漕ぎ続けた

父さんを
自転車に乗せて
朝日を見に行った
父さんが
なれなかった父さんに
僕がなって
朝日が昇るのを見ていた
僕が見たかった
父さんの背中を今
父さんが見ている
と思えば思うほど
僕らは父である前に
男の子なのだった

それから父さんは
息子を助手席に乗せて
自動車を運転した
むかしみたいに遠い町までは
連れて行けなかったけど
僕は二人の様子を
後部座席から見ていた

ときどき
おかしくなって
笑ってしまった
二人は何がおかしいのか
わからない
顔を見合わせて
不思議な顔をしている
その様子こそ
僕にはとても不思議に見えたので
またおかしくなって
何度も笑った

笑ってると
二人も笑って
いつのまにか三人は
とても遠いところから
やって来たみたいに
いつまでも笑った

日が沈む頃になると
みな小さな男の子になっていて
母さんが恋しくなって
おうちへ帰った

父さんが
なれなかった父さんに
なろうと思う
男の子になっていた
 
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