世界は一瞬にして凍ることがある/殿岡秀秋
アンコールワットの回廊に
群れている阿修羅のレリーフは
湿気にふくらみ
熱帯の日に穿たれてひび割れながら
蛇の胴体を太い腕でつかみ
眉毛を盛りあげ
侵入者をにらんでいる
阿修羅たちはどの顔も
神との戦に怒っている
一千年以上も変わらずに
風がすりぬける間に
母の笑顔が消え
頬が凍り
目じりの染みが
地図のように浮きでる
見下ろす瞳に
呑みこまれて
子どものぼくは動けなくなる
母はまだ手をあげてはいないのに
ぼくの視界は狭くなり
辺りは暗くなる
母の顔を読む
額の縦皺と横皺との
交わるところに痕跡を探しても
どうして急に
表情を変えたのかわか
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