オルゴールの夜/銀猫
 

ねじを巻くのは
走れなくなったから
アスファルトのざらついた感触が
踵に痛くて
右足と左足の交差が作る
不確定なアルファベットが
読めなくなってからでは遅いのだ
きり、きりり
かつり、きりり
錆びかけたねじが
ちからを込めて抵抗し
指に赤い幾何学模様を残す
きり、きりり
歩幅はすこし拡がって
血液の巡る音が軽くなる
もう少し
もう少し
かり、き、きりり
ちから加減に欲がわく

その途端
ねじの溝、哀れに崩壊
かりかりと暢気な音をたて
空回り
空回り
いっそ走れぬ方が良かったか
踵は一気に重くなり
そろりと下ろす爪先は
陸に上がった人魚姫のごと
貝の破片が突き刺さる
声にならない夜想曲を連れ
ぱたりと哀しく蓋を閉める
走れぬならば
ゆっくり歩けば良かったと
誰もがきっと笑うのだろう
けれどわたし
ねじをきつく巻きたかった
きり、きりり
かり、かりり
長い夜にはもう飽きたから、
からさ




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