「わたし」の日記/かいぶつ
 
天井の電球をひねるために相応しい
高さにまで積まれた
人一人の半生の記録集から
無雑作に選んだ一冊を
うすい指腹で繰ってゆく
健康な子どもに絵本を読み聞かす
古めかしい速度で


いつもあなたがあなたを記すとき
「わたし」という響きと手触りに
この上ない恥じらいの仕草を見せる
こうして読み返す度、帳面の上で「わたし」は
やわい体を硬直させ頬を紅潮させる
半世紀も買い手のつかなかった
古物屋のひじ掛け椅子が人の重みに耐えかね
しめじめと軋むように


記憶と言うものは毛先の痛みと同じで
束ねられ彩色され熱されながら
時を経るごとにあなたの体を離れてゆく

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