モーリタニアでタコだった頃/テシノ
ゃないって断った
毎晩私を温めてくれたあなたの温度
思い出して泣いたら塩饅頭になっちゃうから
久し振りにあなたを見たのは梅雨のある日
栃木県の田んぼの用水路脇だった
プラカードを掲げてあなたは
農薬のない世界を訴えてた
不思議そうに首を傾げた子供が
グワッゲロッて鳴いて通り過ぎた
後ろからそっと傘を差しかけたら
振り向いて驚いたみたいにちょっと跳ねて
必要ないよだって俺カエルだもの
それより君が濡れちゃうでしょって笑った
馬鹿ね馬鹿ねそれは私が言う筈だった台詞
あなたは泳げなくてもよかったの
だってタコってあんまり泳がないのよ
必要ないよだって私タコだもの
モーリタニアのタコだもの
あなたが泳ぐ練習してた時
どうしてそう言わなかったんだろう
また前みたいになれるかなって言ったら
前よりすごい事になるよって
あなたは私の手を握った
ああ私温泉饅頭にならなくてよかった
私とあなたは互いの吸盤で繋がって
今度こそいつまでも離れない
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