鏡の男/小川 葉
 
 
 
ふと鏡にうつる
その男を
街にやってきた頃
わたしは見ていた気がする

街に来た母と
ある居酒屋で飲みながら
いつか海外旅行に連れてってやると
豪語した
そのカウンターの片隅で
笑っていた
その男が
いつもそんな時に
そんな時にだけあらわれた

鏡にうつる
男を見た
この街で生きたわたし
その男が
今ここにいる

故郷で暮らす父と
この街で暮らすわたし
父もわたしもわたしから
いつまでも
逃れることが出来ない

その男と酒を飲む
カウンターの片隅には
誰もいない
わたしはわたしに
妻と息子の話をした
それだけで十分だったのだ

父の話を
男はしなかった
わたしに話したくないことは
わたしにも話したくはない
鏡にうつるその男は
父にとてもよく似てしまった
わたし自身だった
 
 
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