「ヴィヨンの妻」太宰治/小川 葉
息子が生まれた日のちょうど一ヵ月後、
わたしはそれまで勤めた職場を辞めてきた。
午後四時半頃だったと思う。
いつもより早い帰宅に不穏な顔をしてる妻、
わたしはアパートのドアを開けるなり、目が開いたばかりの息子が眠る
ベビーベッドの前まで歩き、立ったまま泣いた。
それから妻の胸に抱きついて泣いた。
何があったの、と聞いた妻に、
わたしは何も話すことが出来なかったけれど、
ひとことずつ、ひとことずつ、言葉にしていって、
そうして妻がわたしに言ってくれた言葉を忘れない。
あの時のことを思い出す。
太宰治の「ヴィヨンの妻」を読み返すたびに、
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