失われた胸/伊那 果
 
 まっすぐ流れる川の向こうに
 大きな病院はある
 窓の灯りはみな消えて
 無言のままそびえたつ
 月あかりがわずかにもれてくる病室で
 眠れない乳がん患者が
 隣のベッドの寝息を数えている

   川面の中できらりと何かが光る
   あ、さかな
   そう思ったらそれはただ
   月あかりを揺らす流れだった
   私は失われた乳房について考える
   
  おんなはなぜ乳房を失うと
   存在を否定されたように傷つくのだろう
   
  乳がん患者は暗い天井を見つめながら
  もう失われた胸をあがめた男と
  無垢にしゃぶりついた二つのかわいらしい唇を
 
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