今日、鶏のシチュー/瀬崎 虎彦
 
そのまま服を脱いだりすることもないが、家に帰ってきたなと思えるひとつの大事な営み。

今日、鶏のシチュー。耳に届く音といっしょに、くぐもった君の声の振動が私の横隔膜を震えさせる。君がスピーカーの電源を落とす。机の照明を落とす。辞書を箱にしまって丁寧に書棚に戻す。そうしないと辞書に申し訳ないと君は言う。私たちは二人でテーブルクロスを広げ、食卓を整える。これは外国暮らしが長かった君にとって、どうやら大切なことらしい。私はビールを飲む。君はまだ仕事をするから、といって水を飲む。それから君は今日読んだ本の話(それは先週から同じ一冊の本だ)をする。私は今日病院であったことを話す。

今日、鶏のシチュー。
戻る   Point(5)