イデアの影/小川 葉
 
 
 
生まれたばかりの
息子の写真を
四歳になったばかりの
息子に見せて
これは誰
とたずねていた

すると
赤ちゃんとこたえる
でもこれがおまえだよ
とおしえると
にわかに信じられなさそうに
にやにや照れて
その時の記憶がないから
そうしてるのだろう

ふと目を挙ぐ
山に向かうように
水鉢で泳ぐ
一尾の金魚を見つける
わたしの目にもそれは映る
赤い命
これがおまえだよ
息子におしえたばかりの
わたしの声が
わたしに
繰り返され聞こえている

ふたたび目を挙ぐ
息子が鰯雲を指差して
あれは誰
という質問に
こたえられなくて
しばらく考えあぐねた挙句
あれがわたしたちなのだと
こたえる間もなく
わたしと息子は鰯になって
空を泳ぐ夢を見た

海底に立ち並ぶ
家々の中にある
小さな家の縁側で
寝息をたてている
わたしと息子が見える
それがわたしたちだなんて
信じなくてもいい
二尾の鰯は目が覚めるまで
泳ぎ続けた
空に浮かぶ雲になって
自分が何なのか
知りもせずに
 
 
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