夏ゼロ/佐野権太
緩やかな助走から
蹴伸びする季節が
完成されたフォームで
越えてゆく
夏の高さ
背中に近いあたりの
肋骨を支えている
僅かな緑陰を選んで
少し歩いて
少しの水を飲む
*
たぐる糸は
手応えもなく風を漂い
つながっていたはずの場所さえ
忘れてしまった
浅い海の底の
さざなみに揺れる
花の色を
贈りたいというのに
*
いつの間にか背後に
青いふだが置かれている
気配に振り向くと
もう、山のように積まれている
そんなこと
誰にも言えない
*
朝の方角から
銀色のバスがやってくる
そんな小さな画布さえ
鋭角に横切って落下する
蝉
蝉が見ている
そういえば
あの夏
君のついたため息は
かすかに
歯みがき粉の匂いが
したんだった
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