海の遺影/木屋 亞万
 
夜になったばかりの砂浜に
喪服で佇む一人の女
黒いドレスに黒いハイヒール
光沢があるのは纏められた黒髪のみで
女の黒い部分のほとんどは
艶もなく影と夜に吸収されている

波打ち際にしゃがみこんだまま
女は数珠を左手に握り締め
右手の親指、中指、人差し指で
足元の砂を摘み上げた
その手を目の高さまで持ち上げると
海へ帰っていく波の中にそっと落とした

海が私の名を呼ぶまでは誰も私のことを呼ぶことはできない
これから私に与えられるだろういかなる金品も海の底に沈められているも同じ
その誓いを乗せて波は水平線へと引き上げていく

女の細い三本の指が再び砂を摘み上げる

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