夏は香ばしく/あ。
 
その浅黒い皮膚に噛み付いたら 
あぶった海苔みたいにぱりぱりと 
香ばしい音がすると思う 
千切れそうにもない入道雲だって 
記憶よりも向こう側のヒトコマで 
物干し竿にぶら下がる風鈴の音だって 
いつかは忘れてしまう出来事 
忘れ去られた思い出の後に
新しい出来事がかさなって
幾重にも綺麗に積み上げられて
また新しい記憶になる
目に見える淡さは溶けて流れて 
鮮やかさだけがくっきりと焼きつく 
そのくせこんな季節のこころは 
曖昧でゆるくて柔らかい 
崩れないのはきっと 
ぱりぱりの外面に覆われているから
泣きたくなんてない 
真夏の向日葵みたいに太陽を向いて 
いつだって大きく笑っていたいのに 
眩しすぎる陽射しがすき間を作って 
潤そうとするから困ってしまう 
もしも夏に噛み付いたとしたら 
ぱりぱりとした歯ごたえの後に 
犬歯がぷちんと皮を破って
中から甘い水が溢れてくると思う 
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