蝶/岡村明子
いまひとひらの蝶
ゆっくりと私の眼を奪って
流れ着いたのは何の彼方でもなく
オフィスの私のデスクだった
電話の喧騒の中
不意の来客は用件を語るでもなく悠然としている
よく見ると胸に社章をつけ、名刺を出すタイミングをはかっている
なんてことはない
長男だから
いやちがう
蝶なんだから
長男は僕だ
(知っているよ)
とそのときはじめて蝶が口を開いた
そんなはずもない
この蝶がもし人の言葉を喋ったら
『腸カタル!』
いやちがう
『蝶語る!』
なんて新聞の見出しになりかねない
そのときふと気になって卓上カレンダーの日付を見た
父の命日が近い
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