幻と陽炎/かのこ
 
夏の陽射しの眩しさの中から
隔離されたような
ひんやりとした影を落とす
白さに飲まれた暗い部屋

鼻孔を抜けていく他人の匂いが
なんだか心地良くて
初めての記憶が懐かしい過去を
呼び起こしたりもするんだ

真ん中に転がっているこの身体
僕は知らないよ、こんなもの
拾った覚えはないのに
懐かしさが癪だった

死にたい、死にたいしにたい
気が付いたらそう言って泣き喚いていた
目が覚めたら、夏が始まる前の景色に戻っていた
あ、もうすぐ桜が咲く、鴨川の

別れ際に渡された手紙の
最後から二行目に書かれていた
「神は乗り越えられない試練は与えない」と
凛とした筆跡だった

駅の待合室
麦わら帽子、乾かない傘
白いワンピースの裾がひらひら、目障り
立ち上る陽炎、待ち人は来ない

僕は知らない、これは試練じゃない
乗り越えた先には何もないのだから
僕は知らない、投げられた身体とともに
ただただ夏が終わるのを待っているだけ
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