土笛の記憶/佐野権太
 
たなごころに
すとんと収まるその笛は
尊い土の重さと
ほのかな内空の軽さを
同時に伝える

私は
澄んだ森の気配に
肺胞を湿らせ
惹きつけられるように
ほっこりとしたぬくもりに
口づける
ふくらみから、ふくらみへ

音色は
明るい夜に
誘われるままに

運指は
眠れない動物たちのかたちを
静かに縁取る


覗き込む水瓶の
緑の水のふかいところに
黄色い光がゆれている
あれは、とぱあず

ひとり遊びの畳に
障子戸の隙間から射し込む
光の線
そこだけが温かい

ここは
たっぷりと水をふくんだ
ふるい記憶の住処
なのかもしれない


太い樹の根方にすわって、いる
黒い幹のくぼみにも、いる
向こうの枝先にも
首をかしげているのか
聴いているのか

流れだす
あるいは、流れこむ
私はただ
風の通りみち

何もない空を
のぼってゆく
階段の途中に
座り込んだ少年の
(帰れないんだ、
といってつくる表情が
どこか、なつかしい




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