遅刻するにはわけがある/瀬崎 虎彦
 
雨で滑りやすくなった階段を
気の遠くなりそうなヒールが歩く

授業に間に合おうなどと
考えて
階段で
転んでくれるな

決して

十八、十九のころ
僕は大変に不真面目な学生だったので
君たちに合わせる顔がなく
毎週毎週仮面を被る

巷では風邪が流行っているそうです
それでなくとも体調が悪いこともあるだろうし
そんな日に向かうべきは大学ではない
病院だよ病院

四年間という自由時間を
君たちか君たちの親が
決して安くはない
授業料で贖った

そこで君たちを待っているのは
束縛でも狭量でもなく
絶望的に多様な
選択の可能性

眠れぬ夜も
忙しい朝も
友達との約束も
恋人との語らいも

僕が教壇から垂れ流す
くだらない授業より
ずっとずっと輝いて
また取り返しがつかない

それでも僕が
理解してあげられる
ことがあるなら
ただこれだけのこと

遅刻するにはわけがある
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