紳士傘/歌川 至誠
もうしわけないけれど
傘を盗みました
あれほどのどしゃぶりでは
わたしは帰れない
青いベンチに寄りかかる
紳士傘の手に
浮気をしました
電車から降りると
どうやら雨を通過したようで
もうしわけないので
駅の傘立てに
紳士傘を置いてゆきました
改札を通ってから
一度振り返ると
彼はくしゃみをして
水滴をはらいおとして笑います
もうしわけないね
雨が降ったら
見知らぬ誰かが
もうしわけないけれど
と思って
その傘を手にする
その人がふと
傘をわすれる瞬間に
ほかの誰かが
もうしわけないけれど
と思って
その傘を手にする
もうしわけないと
思いつつ
誰だって「わたし」を守りたくなる
つめたいのをいやがるから
紳士を探している
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