無題/岡村明子
私の希いはただ一つ
平穏無事でいることだ
いつも寄り添い許してくれる人が一人そばにいてくれたらもっといい
生活するお金に心配がなければなおいい
世界中が平穏無事ならそれはすばらしい
居間のテレビからはニュースが垂れ流されている
情報はやがて部屋中に溢れて息苦しい
意味のわからない漢字やカタカナや英語のテロップが空中に浮遊する
言葉が頬をなぜる、腕を掴む、耳もとでささやく
テレビから聞こえていたはずのキャスターの声が
壁中から聞こえて窓ガラスにも無数のキャスターが
四方から声と言葉と映像に埋め尽くされる居間
もがきながら「電源」ボタンをオフにすると
すべては消えてなくなった
しかし
体中にはくもの巣の中を通ったように情報が貼り付いたままだ
情報は皮膚から染み込んでいき、濾過され、思考を作る
外に対して思考した時点で私は平穏無事でいられなくなった
世界中がつながってしまった。
衛星からも情報が降ってくるのだ
もう逃げられない
あらゆることに考える余地を与えられてしまった社会で
安住の地などない
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