水に触れる/小川 葉
 
 
 
水に触れると
懐かしくて
飛び込みたくなるけれど
息が出来ないから
死んでしまったあの人や
まだ生まれていないその人は
水の向こうにいるのだろう

何度も水に触れると
くすぐったいのか
さざ波が立つ
ぴちゃぴちゃと
笑う声も聞こえる

懐かしいのは
鳥も同じことで
空から音もなく
波紋をひとつ拵えて
着水する
水は笑わない

わたしも鳥のように
音もなく空から落ちて
静かに着水したい
けれど羽を持たない
わたしの体は沈んでしまう

死んでしまった君や
まだ生まれていない
君のところへ

魚が泳いでいる
水の向こう
胎児のように
羊水で息をしている
ときどきあちら側から水を叩き
しぶきをあげる
すると君のお母さんは
今おなかを蹴ったわ
と言って
喜んでいる

わたしは水に触れる
水は失った命を
ふたたび命として
甦生することばかり
繰り返している

だから水は懐かしい
わたしは今
水から一番遠いところで
水に触れ
生きている今を想う
 
 

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