春と聞くだけで泣きそうになる今の私は/木屋 亞万
 
は言った
僕は窮屈になった詰襟を片手に
モスグリーンのセーター受け取る
冬を越えた編み目たちの視線に
目頭が熱くなる
春の風が火照った頬をふいてゆく
僕らはいつもゆっくりだった

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窓を全開にする春の
引っ越してきた誰かの掃除機の音
あなたはもう社会に入ってしまった
その背中を想像するだけで、僕は少し暴れたくなる
叫びたくなる、泣きたくなる
心臓からドラムの弾む音がして
仕方なく僕は唄うのだ、
誰かから誰かへのラブソングを

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春が来ると昔に戻れる気がする
どこか近くまで過去への扉が来ているような
懐かしい気配を感じることができるから
通りすがりの家に白いシーツが干してあったり
初めて入るカフェでショコラとコーヒーを出されたりすると
私は呼ばれたように振り返る
そこにいるのは、いつか過去になる風景の微笑み



春ですね
悲しいくらいに春、
そのことを噛み締めて、
春と聞くだけで泣きそうになる私は
それを言葉にしてみる、
そんな春です

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