じいさん/Ohatu
 
ない

 子供の声や、車の音や、遠すぎて分からないとても小さな音がする

 じいさんは、茶をすする

 ばあさんは、掃除機をかけていた
 とても大きな、退屈な音が混じる

 じいさんは、また茶をすする

 突然、自転車のブレーキの甲高い音が一回だけしたが、それっきり
 前よりずっと静かになった

 太陽はとうに峠を越えて下り始めていた

 掃除機の音がやんだので
 じいさんは、また、おい、とばあさんを呼んだが
 返事は無かった

 ばあさんは、晩御飯に使うごぼうを洗っているところだった
 ばあさんの手は優しく、ごぼうはすぐに白くなる

 ばあさんは、ごぼうを洗い終わり、手を洗うと
 寝床に、じいさんの羽織物を取りに行った

 荒れ放題の庭はとたんに暗くなった
 太陽が沈んで、塀がその光をさえぎるところまで来たからだ


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