夏の匂い/
 
春から羽化したばかりの夏が濡れた羽を引きずりながら
お前の耳にそっと秘密を囁く
笑うことも泣くことも出来ないままに
お前の身体はその秘密に切り裂かれる

夏が乾きたての羽を羽ばたかせて
見えぬはずのあの地へと飛んでゆく
約束をたがえたことなどないのなら
初めてでも道に迷いはしないだろう

蒸し暑い空気の詰まったがらんどうの部屋
四角く切り取られた灰色の空
床の上 赤い銀河の中心となり
横たわる小さなもう一人のお前

ここから遠く離れたあの地で交わした
約束の許に
秘密に後ろから瞳を塞がれて
お前は静かに呼吸を止める
梅雨空を流れる重い雲の軌跡
かすかな硝煙の甘い匂い
響き渡る耳鳴りはもう止められない

夏の羽は乾ききり 千切れ飛ぶ
秘密に切り裂かれた身体を抱いて
錆びついた約束をその胸に静かに埋め込んだ
お前を残してこの部屋から成層圏へと飛び立った
お前の夏は二度と帰ってこない

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