死の時に/前澤 薫
 
万年筆を握つて、ヴァージニア・ウルフは遺書を書く。
ケータイの自殺掲示板に親指を使つて、“リカ”は「死にたい」と打つ。

「私はこれ以上戦えません」
“私は生きていても意味がありません”

血肉を持つたゆえ、思ふ。
この命、如何に弱きものかと。
ゆえに死よ、消し給へ、
生に現はれる数多の幻聴を!
血痰の如き、どろどろした現世の悪魔を!

ウーズ川に入水するウルフ。
名もなき高層マンションから飛び降りる“リカ”。

この命、かの命と引換へに、
私はもうこれ以上屈服せずに
いられる。

おお死よ。
明滅せず、
私に闇を約束せよ。

永遠の時間と
貴方が生き得る限りの記憶に
少しでも
喩え、霞のやうなものであつても、
私が現はれてくれればそれで良い。

二十世紀と二十一世紀を生きたものの
膨大な死の類は、
塵のやうであつても、
私と貴方、彼と彼女等がいた、
その証を灰の記憶に留めやう。
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