ノスタルジック/Anonymous
 
いのことは

当時僕は6歳だったけれど

わきまえてはいた。

僕はとにかくその映写館なるものを
一目見たいと切に願ってみたが、

「この辺りにはもうありゃあせんのだよ。」

祖父にそういわれた。

それがさも残念そうな物言いで、
そのしょぼくれた曲がった背中に
孫のわがまま心がむくむくと
夏の入道雲のように雄大に膨らんできて
僕は泣きながら祖父に当たり散らし、
母親にぶたれた。
祖父は僕をかばってくれたが、
なぜだかわからないが、それが一層腹立たしかった。
今でも覚えているくらいに。

次の日。

僕は誰も知らない素晴らしいものを知ってしまった興奮を
一人で抱えることができなくなっていた。
一刻もはやく誰かに自慢したくてたまらなかった。

友達に会う度にそれを
まるっきり祖父が僕に聞かせてくれたそのままに
自慢げに語ってみた。

だけれど
祖父の語り口のノスタルジックな調子ほどに
相手に深い感銘を与えることはできなかった。



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