「忘れられる」ものとしての「信頼」−「存在の彼方へ」を読んでみる15(2)/もぐもぐ
「信頼」とは、傷つくことの可能性である。そして傷つくことを受け入れることである。
けれども私たちは、往々にして、傷つくことに耐えることが出来ない。ここに、自己保存、自分の身を守ること、威力を以って他者を抑圧すること、ホッブズ的な「機械」への信頼と「万人に対する万人の闘争」の理論が成立する。
私たちは常に怯えている。常に傷つくこと、自らの死へと晒されている。
怯えが、私たちを、「闘争」へと駆り立てる。
宗教とはなんだったのだろうか。それは「不合理」なものだった。「闘争」へと駆り立てられた自分たちを「捨てる」ことであった。
宗教といえば排他性とか、原理主義的であるとか、そういったイメ
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