透明宣言/小川 葉
 
 
心臓にも
記憶があるらしいんです、と
その透明な
心臓をもつ少女は言った

にくたいが
ほろびてもまだ
記憶というたしかなものが
あったとは

わたしは思って
しかし
何も答えることなどできなかった

透明な
記憶をもつその少女は
まだ失われていない
心音として
わたしに移植された

心臓にも
記憶があるらしいんです
と言って
その声は
わたしにだけ聞こえてくる

透明人間だとか
たんじゅんな話ではなく
わたしの中に
その少女が
たしかにいるのだと妻に宣言した

心音で発音する
その言葉に耳を傾けて
少女の記憶と今の気持ちを
妻に手伝ってもらって
ノートに書き取っていった

ああそれはまるで
死んでしまった少女の
ありもしない
透明な日記のように

わたしたちの
大切な
娘の人生のように
 
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