あたらしいカフェー/小川 葉
た
記号の中には
それぞれ物語があるというのに
このカフェーとは
いわば世界の縮図のようなところなので
誰ひとりみずからを
打ち明けようとはしなかった
そんな時代なのだと思った
そんな時代の
たまたま今日は
そんな一日なのだと
顔は知っているのに
誰ひとり
知らない人ばかりだった
それは今に
はじまったことではない
けれど
あの大きな物語がかつてあった時ほど
たんじゅんではない
小さな物語たちの数々を
まるでカタログを眺めるように
費やしているのだっだ
誰もがさみしくて
その誰もが彼らの大切な
自分だけの物語を守っている
それは
近代からの旅立ちであり
このあたらしいカフェーの外装も
なんだか少し
恥ずかしそうである
手紙の返事は書かなかった
かわりに
わたしはその人に会いに行った
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